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2006年4月21日 (金)

竹内まりやがアイドルだった頃。

晴れ 時々 くもり。 最高気温 17℃ 降水確率10%

“かくしきれないまりやは、ぺ~ちゃぱ~い♪”私の子供の頃は、こんな替え歌が流行?ってました。そんなこと言われるくらい竹内まりやは有名でした。
今でも有名かな?でも、子供は知らないでしょ。

まりやご本人は“嫌”と思うんですが、このくらいに有名人にならないと半世紀過ぎても話題にならないのでは?

1978年11月25日 1st single 戻っておいで私の時間
1979年 2月25日 2nd single ドリーム・オブ・ユー~レモンライムの青い風~、8月 21日 3rd single September
1980年2月5日 4th single 不思議なピーチパイ、(5月1日RIDE ON TIME)7月21日 5th single 二人のバカンス、12月5日 6th single Sweetest Music(12月8日ジョン・レノン射殺)
1981年4月5日 7th single イチゴの誘惑、9月25日 8th single  Special Delivery~特別航空便/Crying All Night Long、12月20日 9th single Natalie
http://www.yutopia.or.jp/~oouchi/index.html
↑山下家のデータならこのサイトです。

BEGINNING
竹内まりや
BMG JAPAN

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Music BEGINNING

アーティスト:竹内まりや
販売元:BMG JAPAN
発売日:1997/06/04
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1.グッドバイ・サマーブリーズ
2.戻っておいで私の時間
3.夏の恋人
4.輝くスターリー・ナイト
5.目覚め(ウェイキング・アップ・アローン)
6.ジャスト・フレンド
7.突然の贈りもの
8.おかしな二人
9.ムーンライト・ホールド・ミー・タイト
10.サンタモニカ・ハイウェイ
11.すてきなヒットソング
1978年11月25日リリース
PRODUCED BY 牧村憲一

UNIVERSITY STREET Music UNIVERSITY STREET

アーティスト:竹内まりや
販売元:BMG JAPAN
発売日:1997/06/04
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1.オン・ザ・ユニヴァーシティ・ストリート
2.涙のワンサイデッド・ラヴ
3.想い出のサマーデイズ
4.イズント・イット・オールウェイズ・ラヴ
5.ホールド・オン
6.J―BOY
7.ブルー・ホライズン
8.ドリーム・オブ・ユー~レモンライムの青い風
9.かえらぬ面影
10.グッドバイ・ユニヴァーシティ
1979年5月21日リリース
PRODUCED BY 牧村憲一、宮田茂樹

LOVE SONGS Music LOVE SONGS

アーティスト:竹内まりや
販売元:BMG JAPAN
発売日:1997/06/04
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1.フライ・アウェイ
2.さよならの夜明け
3.磁気嵐
4.象牙海岸
5.五線紙
6.ロンリー・ウインド
7.恋の終わりに
8.待っているわ
9.September
10.不思議なピーチパイ
11.リトル・ララバイ
1980年3月5日リリース
PRODUCED BY 牧村憲一、宮田茂樹

M・A・R・I・Y・A まりーやーず ひっぱれー !!
確か名曲Septemberのイントロに、こんなフレーズが付いてましたよね。
オシャレですよね。
今思うと、プロデューサーの趣味でしょ!(微笑)

ミーハーなヒットチャート人間としては、↑3枚が“アイドルとしての竹内まりや”だったと思います。
でも、“音的に”アイドル歌謡では全然ないです。
私を含め世間の見方が“アイドル”だったと思います。

1980年5月1日にRIDE ON TIME、7月21日に二人のバカンスがリリースされたのがミソだったかな。
アイドルがポット出の醜男(失礼)と浮名を流したことが、私たちはドン引きだったと思います。だから、二人のバカンスって曲はそれほど話題にならなかったんです。それよりも1980年4月にデビューした“ミス・ソニー”が話題沸騰だったんです。
ここは、もう少し書かないといけないですね。
タツローは美男とはいえないですよね。
あの風貌ですから・・・
しかも、当時の私たちにとっては、“RIDE ON TIME”のCMでイキナリ出現したのです。
当時の私は、シュガーベイブのことなど知る由も無く、芸能界の音楽を中心に考えていたのですから、タツローは新人だと思っていたのです。
で、まりやのような美女は、美男と一緒になるものだと勝手に思っていたわけです。
この一件依頼、男は顔ではなく才能だとトラウマのように残ったのです。


一般的なことはさて置き、私個人にとっては、この時代まりやを登場させてくれた関係者には感謝の気持ちでいっぱいです。
というのは、まりやこそ“アメリカン・ポップス”をベースにした日本の歌手だったからです。

ちょっとネットで調べてみても、シンシアとまりやを比較する視点がなかったんです。
シンシアとまりやをライバル関係だったと捉えるのは、私独自の見解のようです。
私たち世代にとっては、シンシアは直撃ではないんです。
むしろ、まりやこそが直撃だったんです。

私にとっては、まりやが“アイドル”として居てくれて、こういう音楽が身近になりました。
まりやの音に耳が慣れていたからこそ、タツローやEachがピンと来たのですから・・・

今、一般大衆を別のステージに連れて行ってくれるようなパフォーマーが皆無ではないかなと思います。(実際、当時チープ・トリックがディ・トリッパーをカバーしていて、
デイ・トリッパー Music デイ・トリッパー

アーティスト:チープ・トリック
販売元:Sony Music Direct
発売日:2003/07/30
Amazon.co.jpで詳細を確認する

まりやはそれがビートルズのカバーであるとラジオで説明してくれました。アイドルのこのような発言が、単に歌謡曲ファンであった私を別のステージに連れて行ってくれたのです)
仮に、魅力的(スターになれる要素を持つ)パフォーマーが居たとしても、それを音楽的高みに誘導できるプロデューサーが居なければ元も子もないです。
牧村憲一&竹内まりやの仕事は、酒井政利&南沙織に勝るとも劣らない、歌謡曲を根本から変えた偉大なものであると、
声を大にしていいたいです!
(なお、この記事は特に敬称略でした)

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